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ちょっと探し物をしていた。 そして夏休みに読む本を積み上げた。 大変な量だ。 もう一通り読んだ本だが、作曲家の諸井誠が書いた「音楽の現代史」という本が岩波新書から出ている。 その中に、「春の祭典のバーバリズム」という項目がある。 ここではバーバリズムは括弧書きで原始主義とある。 春の祭典は単純な二つのものの対比によって作られているという。 ストラヴィンスキーは、 「私は空想のうちに、おごそかな異教の祭典を見た。輪になって坐った長老たちが、死ぬまで踊る若い娘をみまもっていた。かれらは春の神の心を和らげるために彼女を犠牲に供したのである。《春の祭典》のテーマは、このようなものとして生まれた。」 と述べている。 諸井氏はここに原始宗教の思想が見受けられるという。 つまり「生(春)は死(冬)から生まれる」という思想だ。 ここで、「生と死」「春と冬」といった対比がある。 あるいはこの本の中では「昼と夜」「動と静」の対比もあると述べられている。 思想的な背景を見れば、「春の祭典」のような野蛮な音楽には納得がいくような気がする。 しかしただ野蛮なだけではなく、何か訴えかけてくるものを感じる。 それに対して、同じように野蛮な曲にプロコフィエフの交響曲第2番がある。 なんと七声からなる複雑なポリフォニーを書いたのだ。 この曲の初演を作曲者本人が聞いて、「・・・・・・初演を聞いたとき、私は自分の作ったものを自分でも理解できませんでした。・・・・・・私はこの作品をそれほど複雑怪奇なものにしていたのです」と述べた。 ストラヴィンスキーやドビュッシー、ラヴェルが次々に前衛的な曲を書いた中で、何か自分も前衛的なものを書いてやろう、と意欲して書いた作品と言われているが、やはり少し無理して作ったような印象が残る。 同じ野蛮な音楽でもバーバリズムかどうかはまた違うベクトルのようだ。 これで、チ○○リーの言うバーバリズムが少しは理解できたか!? |
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ストラヴィンスキー 〜 ミューズの神を率いるアポロ/春の祭典
ある友人が、「20世紀音楽の最高峰は『春の祭典』だ」と言っていました。その是非はともかく、『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』で有名なストラヴィンスキーは、聞けば聞くほどに魅力を感じます。このCDは、いかに& ...続きを見る |
徒然 2007/03/28 18:24 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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「春の祭典」初めて聞いたときは驚きましたねぇ。こんな音楽が存在するのか、と思いました。でも、繰り返し聞くと面白くてクセになる、、、名曲なんですね。 |
チャーリー432 URL 2007/03/28 18:17 |
初めまして。 |
かわさき 2007/03/29 01:52 |
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